ダービー馬ダイナガリバー

最強の日本ダービー予想方法とは

1986年の日本ダービーを制したダイナガリバーは、1983年、父ノーザンテーストと母ユアースポートとの間に生まれた競走馬です。
ノーザンダンサー系が席巻している時代だったこともあり、父ノーザンテーストはアメリカやヨーロッパで現役生活を送った後、大きな期待を背負って日本へと輸入され、初年度からアーニングインデックスが1.0を超えたほか、1982年には産駒のデビューから僅か4年でリーディングサイアーに輝くなど、当時の日本国内の血統地図を大きく塗り替える可能性を秘めていました。
母のユアースポートは未勝利のまま引退し繁殖入りしましたが、輸入牝馬のレデイスラーから繋がる系統で、ダイナガリバーの前に産んだカズシゲは重賞勝ち馬、近親にセントライト記念勝ち馬のヌアージターフがいたほか、出産の際には関係者が「ダービー馬が生まれた」と叫んだとされる逸話もあるなど、ダイナガリバーに対してはデビュー前から大きな期待が持たれていました。
1985年8月に函館競馬場でデビューし、初戦の新馬戦は2着に敗れたものの、2戦目できっちり勝ち上がり、その後は成長期の競走馬に良く見られるソエのため年末まで休養、復帰戦となった12月の条件特別戦では、後の重賞馬マウントニゾン以下を抑え快勝、翌年に備えます。
迎えた年明け初戦の共同通信杯では、単勝1.6倍という断然の1番人気に推される中、前走から主戦となった増沢末夫を背に8割程度の力で快勝、3歳牡馬クラシック第一弾の皐月賞を見据え、3月に行われるステップレースのスプリングステークスに照準を合わせます。
しかし、レース当日は季節外れの大雪に見舞われ、開催が中止となり翌週へ延期となったため、出走間隔が詰まることを懸念した関係者はスプリングステークスへの出走を断念し、皐月賞へはぶっつけで挑むこととなります。
皐月賞では2番人気に推されたダイナガリバーでしたが、予定通りの調整が出来なかったこともあり先行できず、中団のまま10着でゴール、勝ったのは同じ勝負服のダイナコスモスと、皮肉めいた結果となりました。
一叩きしたことで急激に調子を上げたダイナガリバーは、絶好調でダービー当日を迎えます。
レースでは先頭に立ちそうなほどの好スタートを切り終始好位を追走、先頭で直線を迎え、内から強襲したグランパズドリームに一旦交わされるも、ゴール前では再び差し返し、ノーザンテースト産駒として初めてのダービー馬となりました。
その後は菊花賞で2着、暮れの有馬記念では古馬を一掃し勝利するなど、高い能力を見せつけ、翌1987年の有馬記念を最後に引退しました。
引退後は種牡馬入りし、桜花賞馬ファイトガリバーや皐月賞2着馬のナリタタイセイなど、勝負根性に優れる産駒を輩出しました。

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