日本ダービーの歴代優勝馬 ワカタカから始まる系譜

最強の日本ダービー予想方法とは

3歳馬の頂点を決める日本ダービーは、毎年5月下旬から6月上旬にかけて、東京競馬場芝2400mで争われるG1レースです。
出走資格があるのは3歳馬のみで、一生に一度しか出走できないことから、中山競馬場で開催される皐月賞や京都競馬場の菊花賞と共にクラシックレースと呼ばれているほか、牡馬3冠レースの一つに位置づけられています。
ダービーの歴史は古く、第1回が開催されたのは1932年で、当時は東京優駿大競走として目黒競馬場で開催されていました。
歴代優勝馬の中でも栄えある第1回日本ダービーを制したのは、1番人気に推されていた函館孫作騎乗のワカタカで、1着賞金は1万円でした。
レース名が現在と同じ東京優駿となったのは1950年のことで、優勝したのはプリメロ産駒で皐月賞馬のクモノハナでした。
翌年の第18回日本ダービーを優勝したのは、後に破傷風で命を落としたトキノミノルで、競馬ファンの間では共同通信杯の副称としても有名です。
トキノミノルは前年の函館でデビューし、当時の日本レコードで快勝、その後日本ダービーも含め10戦10勝と無敗のままこの世を去ったことから、幻の馬と称されています。
1964年には、戦後初めての三冠馬となるシンザンがダービー馬に輝いています。
怪物ハイセイコーが地方競馬から中央競馬に転厩した1973年は、圧倒的な人気を背負った皐月賞馬ハイセイコーが直線一旦抜け出しかけるも、スタミナに勝るタケホープがイチフジイサミを抑えて勝利、以降引退まで名勝負を繰り広げることになります。
東京競馬場で開催された皐月賞をトウショウボーイが制した1976年は、トウショウボーイとテンポイントの2強という前評判を覆し、加賀武見騎乗のクライムカイザーが差し返してくるトウショウボーイを凌ぎ切り優勝、ファンの度肝を抜きました。
1979年は、現役時代に涙を呑んだハイセイコーが初年度からダービー候補を送り出し、その中からカツラノハイセイコがリンドプルバンとの叩き合いを制し見事に優勝、ハイセイコーファンは溜飲を下げました。
1980年はオペックホースが勝利しましたが、後に32連敗したことから、歴代優勝馬の中でも史上最弱のダービー馬と揶揄されています。
1983年には追い込み一気の戦法で人気の高かったミスターシービーが、翌年には皇帝シンボリルドルフが制し、共に菊花賞も制して2年連続で三冠馬が誕生するなど、話題に事欠かない2年間となりました。
1990年は、中野栄治騎手を背にしたアイネスフウジンが逃げ切り勝ちを収め、ウイニングランの際には場内に「中野コール」が響き渡り、競馬人気は急上昇を遂げました。
2005年には日本の近代競馬の至宝ディープインパクトが優勝、2015年には従来のダービーレコードを破り、どの歴代優勝馬にも劣らない好タイムでドゥラメンテが制するなど、日本ダービーでは毎年好勝負が繰り広げられています。

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